サッカーユニフォームの歴史
初期のサッカーゲームは、伝統的に「上の組」と「下の組」との対抗戦の形をとり、正午まで行なわれました。
そしてゲームが終わると、町のギルドホールのバルコニーからゲームの参加者にご褒美として硬貨が投げ与えられて、すべてが終了します。
コーンウォール地方は、現在はイングランドに同化していますが、もともとはケルト人の地域であり・・・
古くからコーンウォールで行なわれていたハーリングは明らかにケルト人のゲームでした。
イングランドの西に隣接し、13世紀末にイングランドに征服され併合された歴史をもつウェールズもケルト人の国であり、ここには「ナッパン」と呼ばれるゲームがありました。
このゲームは、地方史家のジョージ・オーウェンの『ペンブルックシア解説』(1603年)という本のなかで詳しく紹介されています。
コーンウォールの「野原にボールを投げるハーリング」と非常によく似たゲームだったようです。
「ナッパン」とは、「小塊、丸いかたまり」を意味するウェールズ語からできた言葉で、ゲームで使う木製のボールのことです。
ナッパンの出場者は数百人から、ときには2千人を超えたこともあったといいます。
オーウェンによれば、ゲームそっちのけで殴り合ったり、相手を石で打ちのめしたり、棍棒で攻撃するといった、相当に荒っぽいものだったようです。
カッコイイサッカーユニフォームを着てプレイする、現代のサッカーとはかなりルールが異なるようですね。
なかなか興味深いものがあります。